ちょっと暗い話題になりますが、最近TVや新聞を賑わしている未成年者による凶悪犯罪がとても気になっています。
最近では高校一年生の長男による奈良・医師宅放火事件。
母子3人が犠牲になりました。
医者一家でこの少年も父親から医師になる事を期待されていたらしいです。
「殴る父許せなかった」 医師宅火災の高1長男 (共同通信)エリート一家であるが故に子供にも期待を託してしまう親・・・それが必ずしも悪いとは言えません。
もっとも私などは、自分やダンナを思うと子供に期待することもなかったので、こういう人たちの心情を計りかねる部分もありますが・・・
でも、子供の成績が下がると 深夜までマンツーマンで指導したり殴ったりというのはそれが事実であるならば、親のあり方として間違っていると思います。
だからと言って、親を殺そうと思ってしまう少年の心の闇・・・いったいこういう心はどうして作られてしまうのでしょうか?
これは私の独りよがりの考えかも知れません。
でも私は思うのです。
最近の親も学校も成績とか将来の事とかにこだわり過ぎなのではないかと・・・
子供を育てるのに一番必要な「愛」を忘れているんじゃないのかな?
親のメンツではなく、本当に子供の事を思う心・・・それが愛だと思います。
我が家の事を例に出して恐縮ですが、恥をしのんで息子の事を書きますね。
息子は高校2年の時、学校を中退しました。
私もダンナも「卒業するだけでいいから学校へ行きなさい。学歴社会を肯定する訳じゃないけど、今の社会では就職するにも高校くらいは出ていないとちゃんとした仕事に就けないから」と説得しました。
そして「お母さんは自分の世間体の為に、あんたに学校へ行きなさいと言っているんじゃないよ。あんたの為に言ってるんだよ」とも言いました。
その時の息子の目はとても反抗的で荒んだものでした。今でも覚えています。
担任の先生が何度も家へ来て話して下さったりしました。
でも息子の意思は変る事はありませんでした。
他の問題もあって、その頃の我が家は一触即発という雰囲気でした。
その頃ダンナが言った事があります「俺、夜中に○○に殺されるかも知れんな」
そして同じ年頃の息子を持った私の知り合いも同じ事を言っていました。
思春期の特に男の子を持った親というのは、ある意味命がけと言っても言い過ぎではないと思います。
では私たちは何故息子に殺されなかったか?
それはやはり息子に対しての愛があったからだと思います。
口では「高校くらいは卒業しなさい」というのは世間体が悪いからではなく、息子の為だと言っておきながらやはり親として世間体を考えている自分に自分で気がついたのです。
そうだ、この子は今自分が意味もなく学校へ通う事の矛盾に気が付いているのだ。
みんながそうだから、同じ事をしなくてはいけない・・・
いいえ、もういいんだ。
息子が止めたいと言うのならそれで良いじゃないか。
そう思って接した時、息子の目が穏やかな目に変っている事に気が付きました。
あそこで何がなんでも学校へ行けと言っていたら、もしかして私達も殺されていたかもしれませんね。
その代わり息子は仕事の事で今苦労しています。
高校を中退した事も後悔しているようです。
でも自分の意思でした事ですから、親を恨んではいません。
エリート一家と平凡一家の我が家では比べる事自体間違っているかもしれません。
ただ、私が思のは何を一番大切にするかという事です。
私のつまらない話に、長々とお付き合い下さってありがとうございます。
こういう問題にはまた触れていこうと思っています。
退屈でなければまたお付き合い下さいね。